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僕と、僕らの夏 バナー

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<作品紹介>
 対応OS …… Windows95/98/Me/2000
 メーカー …… light
 スタイル …… ノベル形式AVG(18禁)
 ジャンル …… 青春恋愛物の皮を被った狼
 音声 …… あり
 音楽 …… CD−DA(??曲)
 原画 …… 笛
 シナリオ …… 早狩武志
 機能 …… テキスト戻し可能・スキップ可能・CG鑑賞あり・音楽鑑賞あり・シーン鑑賞あり・公認SSモードあり
 プレイ時間 …… 約4時間×6シナリオ

<物語>
 ダムに沈む村。最後の夏休み。
 現実だったのかすら解らない、微かな記憶。
 埋めたはずの宝物。
 叶えられても、続かないかもしれない。
 それでも今、抑えられないこの気持ち。
 心の中にあった淡い思い出、素朴な故郷の喪失。
 失っても、歩きつづけなければならないこと………
 それは、少年少女の純朴性からの脱却でもある。
 そしてそれは心の中に残る永遠の宝物………

<関連リンク>
 light


あくまで『いずれは感想記事にする予定』だったもの

 やっぱり書けないものは書けないなぁ。

 現在の私の容量・能力を完全に超えていると判断。
 かろうじて日本語になっていたメモだけ掻き集めて暫く放置。
 ここに書かれているのは綺麗事ばかり。
 書かれていないことこそ大事。
 これを読んで僕夏を判断するな。
 考えるな、感じろ。
 私の他の感想記事との温度差こそ見よ。
 スゴイ作品、買え。
 (2002/09/19)

ほとんど行単位の箇条書きで行頭に接続詞があっても接続していない文章
後で書き直そうとか考えてたけど結局は書き直せそうもないもの
つまりメモ、材料、断片

 ハッキリとネタバレあり。ただし読んでも理解不能なはず。
 なんのことだか気になる方は自分で買って自分で感想を書いてほしい。

 個人的に最初は貴理−恭生ルートを強く推奨。
 一見すると陳腐な普通の純愛物語に見えるかもしれない貴理−恭生ルート。
 ここから始めることで、どんな簡単に見えた恋にも簡単な恋なんて無かったんだということをいずれ痛いほど思い知らされる。
 作中で好きなのは貴理と恭生。しかし作中で私は冬子さんだった。
 たとえ甘いと言われようが、私は貴理−恭生ルートを本筋と認めたい。
 それが冬子さんの望みでもあった。
 恭生と貴理の持つ想い出と現在の彼らは道続きだ。
 ただ冬子さんだけが想い出と現在の間に大きな溝を感じている。
 冬子さんは恵や和典の延長上にいるはずだった自分と現在の自分とを思い涙する。
 だからこそ恵と和典の延長上に生きる貴理と恭生の関係に憧れる。
 自分の得られなかったものを持っている者達として疎む。
 メインヒロインのシナリオを「本筋」と呼ぶことが異常に思えることにこそ僕夏の異常さがある。
 そして恵と和典。この2人の幸せも願いたい。
『僕たちは、本当の恋を、まだ、誰も知らない』
『少年少女の純朴性からの脱却』
 この宣伝文句に偽りはなかったと思う。

 一般的な恋愛ゲームは主人公と各ヒロインとの恋愛関係を一舞台上で交わらない並行世界として描く。
 僕夏は各人ごとの恋愛を描く。
 表シナリオは基本的に恭生と貴理の物語である。
 我々は貴理と恭生の恋愛を第3者的立場で見守る。
 表シナリオは壮大な前振りである。
 裏シナリオではプレイヤーと立場を同じくする「第3者」冬子の物語が始まる。
 表シナリオは純粋に相手を想い続ける少年少女が大人への階段を上り始める物語。
 裏シナリオは少女であることを跳ばしてしまった一人の女性が忘れていた大切なものを回復する物語。

姉的存在である貴理が有夏よりも子供であるという矛盾。
『汚染のないこの庭の空気は甘くて強い。
 浄化された世界に私達は憧れても、そこでは生きられない。』風の谷のナウシカ

抗しがたい巨大な力によって「貴理が待つ村」「恭生を待つ村」を剥奪され一足先に大人になろうとする有夏によって相方を奪われ、物理的かつ精神的に子供であった時代から大人になること強要される子供のとまどい。
 物語は先ず主人公「古積恭生」の視点で始まる。
 恭生は小学生の頃に山村留学で訪れた想い出の村がダム建設で無くなることを知り、最後の夏を想い出の村で過ごすために再び村を訪れる。
 バスで村に着いた恭生は、かつて恭生が最も親しくしていた女の子「市村貴理」に再会する。
 ここで本作のメインヒロインである「市村貴理」の視点にうつる。
 この後も本作では適時「恭生」と「貴理」の視点が入れ替わりながら物語が進行していく。
 恭生の来訪を待ちわびていた貴理は、きっとこの「最後の夏」が恭生と過ごした楽しかった時間を甦らせてくれるものだと信じている。
 そして我々には恭生が貴理にとっての想い人であり、そのことについて貴理自身は「嫌いではない」と大変控えめに感じているということが示される。
 同じようにして恭生も貴理が嫌いではなく、互いが互いを「嫌いではない」ということを薄々感じていることが描かれる。
 2人はこのゆらゆらとゆれる揺りかごのような安全な友達関係から一歩前へ踏み出すことには非常に臆病であるが、この関係が消えゆく村に飲み込まれて「想い出」のままで終わってしまうことに対して強い恐れを抱いている。
 恭生は消えゆく村の消えゆく「一緒の時を過ごした場所」という絆の代わりに新たな絆を見つけることによって終わりゆく夏の延長を試みる。
 それは現実だったのかすら分からない微かな記憶に残る「貴理と一緒に校庭に埋めた秘密の宝物」を掘り出すことである。
 貴理は恭生のこの作業を手伝うことで恭生との「最後の夏」を立派に演じきろうとする。
 しかし、同じものを追い求める恭生とそれを待ち続ける貴理の関係はとある外的要因によって潤滑さを失ってしまう。
 焦る恭生は、あるとき己の聖域ともよべる「貴理」に対して衝動的に不誠実を働いてしまい、そのことについて深く苦悶する。
 また貴理も待ち続けていたと思っていたはずなのに私は想いに応えられなかったと自虐する。
 自分の思う「嫌いじゃない」は本当に「恋」だったのだろうか、そう思うだけの資格があるのだろうかと悩む。
 不器用だが純粋に想い合う2人は勝手に自己完結的に互いを失い想い出にしてしまったと嘆くことで本当に欲しかったものは貴理との恭生との想い出などではなく貴理・恭生だったのだと気付く。
 それでもなお貴理と恭生は「貴理の待つ村」と「恭生を待つ村」を「貴理」と「恭生」そのものに置き換えるだけで最後まで少年と少女であり続ける本作中ただ一つの高橋留美子的なシナリオである。

 有夏は貴理が好き。貴理は恭生が好き。
 有夏にとって恭生は邪魔な存在。
 有夏は恭生を誘惑し2人の仲を裂こうとする。
 徐々に恭生に興味を持ち始める有夏。
 私は誰よりも恭生を想い続けてきたという自負のある貴理。
 だから私が誰よりも恭生に相応しいのだ、その権利があるのだという固い信念。
 しかし有夏との仲を認めたのは恭生の重荷になってはいけない考えた貴理自身。
 一つの恋が実るとき、もう一つの恋が潰える。
 強い意志によって過去を断ち切るための涙。
 純粋に思い続けた一つの恋を失うことで大人へと成長する貴理。

 恭生は貴理に幸せになって欲しい。
 貴理は恭生に幸せになって欲しい。
 互いが互いを気遣いあっていることを知っている。
 ぐずぐずと進展しない貴理と恭生の仲。
 臆病な恭生とは反対に積極的に貴理にアプローチする有夏。
 先を越され身を引く恭生。
 両者が互いに想い合っているからといって結ばれるとは限らない。
 好き、その一言が手遅れになるまで言えなかった物語。
 「僕も、貴理のこと、ずっと嫌いじゃなかったんだぜ」

 表ルートの裏側で進行していた異視点による物語。
 冬子さんは自分が汚れていると思っている。
 恭生と貴理の純粋さを妬ましく思っている。
 だから悪戯・邪魔をする。
 しかし苛立たしい。
 羨みきれない、妬みきれない。
 本当は彼女たちが好きだった。
 自分には出来ない。だから彼女たちには求めたかった。
 貴理と恭生には幸せになって欲しかった。
 私は純粋さを失ってしまった。純粋な恋愛を経験せぬまま大人になってしまった。
 そう嘆き羨み純粋さを求め続けた女性が抑圧されていた自分の中の純粋さを回復する。

 本作の目玉。真のルート。
 私は貴理のようになっているはずだった。
 私は貴理のようになれるはずだった。
 だがなれなかった。
 貴理のありかたは冬子にとってあるべき姿であり、貴理は冬子が手にすることのできなかった姿を持つ少女である。
 冬子さんは恭生に好意を抱く。
 ずっと貴理に遠慮をしていた。
 貴理のものだと諦めていた。
 それは、まだ美しかった昔の自分の延長と過去にある数少ない醜くない想い出をパッケージして永遠に残す願いでもあった。
 でも恭生は貴理に振られた。
 その一因は自分の悪戯にもあったが、それは冬子にとって重大な裏切りであった。
 もし私が貴理のようになっていたのなら違う。
 私は恭生が好きだ。
 私はやりなおせるのかもしれない。
 純粋であり、鈍感であり、本当に真面目な、しかし残酷な恭生の一言。
 追い求め続けて届かなかった純粋さの正体を思い知らされる。
 しかしそれは決して悪い結末ではない。
 ようやっと貴理や恭生と同じように、向き合うべき現実に向き合うことができた証でもある。
 「たぶん、きっとこれが、わたしの惚れた、恭生の本当の姿よね」

 有夏は虐げられ頼ることで生き延びてきた。
 有夏の負の想い出を共有する英輝。
 2人の関係の修復は男に傷つけられた1女性の回復の物語。
 そして冬子も虐げられ頼ることで生き延びてきた女性の一人。
 冬子と有夏では何が違ったのか。
 同世代に恭生や貴理がいなかっただけなのか。
 私は何かを間違えていたのだろうか。
 このあと英輝と有夏はどうなるのだろう。
 それは冬子ルートにありえたもう一つの可能性。
 あるいは冬子ルートからありえる一つの可能性。
 もう一つの貴理−恭生ルートが恵−和典。
 ボーイ・ミーツ・ガール。
 ありふれた物語とは決して陳腐な物語のことではない。


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水無瀬 優 postmaster@katsura-kotonoha.sakura.ne.jp
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