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これらの情報はフィクションのための個人的な設定資料集です。史実とは異なる場合が多々あります。

武田 元信 (1455〜1521)

若狭武田氏5代当主。若狭守護。丹波守護も一時兼任。
武田国信の子。子に元光・潤甫周玉。
応仁の乱では東軍に属した。
元信は管領細川氏との連携を強めて若狭武田家を繁栄させたが、文亀2年(1502)6月には段銭徴収に反対する土一揆に屈して段銭を免除するなど領内経営には翳りも見えていた。
永正2年(1505)から丹後への出兵が再開されたが西軍の一色氏を相手に苦戦し、逆に永正14年(1517)には丹後勢の若狭侵入を許し、越前朝倉氏の援軍を得て撃退した。
永正16年(1519)、家督を子の元光に譲り出家、紹壮と号す。
大永元年(1521)10月、元信は禁裏御所北門修理費5000疋を朝廷に献上し、同月23日には従三位に昇叙した。
同年12月3日、没。
元信は武人でありながら和歌や故実などの公家文化に精通した一級の文化人であり、三条西実隆らとも親密に交流し、戦乱により衰退していた芸能文化の再興に大きく貢献した。
藤原定家自筆の伊勢物語を所持していたともいう。


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水無瀬 優 postmaster@katsura-kotonoha.sakura.ne.jp
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