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これらの情報はフィクションのための個人的な設定資料集です。史実とは異なる場合が多々あります。

柳生 宗章 (1566〜1603)

新陰流の剣術家。
柳生宗厳の子。厳勝の弟。宗矩の兄。
文禄3年(1594)、弟の宗矩と共に徳川家康に召されたが宗章は辞退した。
慶長5年(1600)、関ヶ原合戦では小早川秀秋に近侍して、秀秋を警護した。
慶長7年(1602)に小早川家が改易された後は中村一忠の家老・横田村詮に禄高500石で仕えた。
慶長8年(1603)、村詮が一忠に誅殺されたため村詮の子・主馬助を擁して一忠に抵抗したが堀尾吉晴の支援を受けた一忠によって滅ぼされた。


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水無瀬 優 postmaster@katsura-kotonoha.sakura.ne.jp
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