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これらの情報はフィクションのための個人的な設定資料集です。史実とは異なる場合が多々あります。

可児 才蔵 (1554〜1613)

斎藤龍興・織田氏(森可成・柴田勝家・明智光秀・前田利家・織田信孝)・豊臣秀次・佐々成政・福島正則の臣。
兄弟に作兵衛(半兵衛・内記)。
天正18年(1590)、秀吉の小田原征伐では韮山城攻撃で活躍し、その活躍は敵将・北条氏規からも賞賛されたという。
慶長5年(1600)、関ヶ原合戦では福島家の先鋒として首級17を挙げた。
愛宕権現を厚く信仰し、予告通りの慶長18年(1613)の愛宕権現の縁日の日に没した。甲冑を着けたまま床机に腰掛けて死を迎えたという。
槍の名手で敵を討つこと数知れず、すぐに首級が持ちきれなくなり死体の口に指物の笹を挟んで目印にしたため笹の才蔵と呼ばれた。


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水無瀬 優 postmaster@katsura-kotonoha.sakura.ne.jp
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