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これらの情報はフィクションのための個人的な設定資料集です。史実とは異なる場合が多々あります。

水谷 勝氏 (?〜1461?)

水谷氏初代当主。常陸国下館城主。結城氏の臣。
水谷時氏の子。子に勝国。
嘉吉元年(1441)、結城城で討死した結城氏朝の子・成朝を匿う。
宝徳3年(1451)、結城成朝と共に結城に復す。
文明10年(1478)、下館に築城を開始し、孫・勝之の代に完成したという。
没年は田宮伊平家文書『常陸国下館城主代々法名控』によれば享禄元年(1528)、『水谷家譜』によれば寛正2年(1461)であるが、勝氏を結城合戦で戦死した時氏の子とするならば『水谷家譜』の方が妥当であると思われる。
水谷氏の居城・下館城は文明10年(1478)もしくは長享元年(1487)に勝氏によって築城が開始されて孫・勝之の代に完成したといわれるが、勝氏の没年を寛正2年(1461)とすると築城開始時には勝氏は既に死亡していたことになる。
勝氏の代に築城を開始して完成したのが文明10年(1478)もしくは長享元年(1487)であったか、築城の開始自体が孫・勝之の代であったのではなかろうか。
海老原麦禅『水谷蟠龍斎伝』では勝氏を海老原氏の先祖である谷田開常行の次子で時氏の養子であったとしている。


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水無瀬 優 postmaster@katsura-kotonoha.sakura.ne.jp
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